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12/16 神谷美恵子さんと京都

今回の企画展について、時々「神谷美恵子さんと何かゆかりのある美術館なのですか? 」といったお尋ねをいただきます。
当館と神谷さんとは、直接的な接点はありません。
7年ほど前、館長が神谷さんについて是非当館で紹介をしたい、という思いを持ったことに始まり、3年前からご遺族、関係機関などに連絡をとり、ご協力を得て、本展を実現することができました。

企画展の準備中、京都と神谷さんの関わりがないだろうかと資料を読んでいると、当館の周辺でも神谷さんの足跡を垣間みることができました。
そこで今日は、神谷さんの京都での活躍や、思索の一部をご紹介します。

神谷さんの日記に、1958年の暮れ、京都へゴッホ展を観にいったことが書かれています。(参照:『神谷美恵子著作集10 日記・書簡集』みすず書房 1982年)展覧会をみて、自分の余生は「表現すること」に費やすべきだ、という思いにかられた神谷さんは、当時数多くの目の前にある仕事に追われながらも、様々な形で文章を書き続けていました。
(その中には、『生きがいについて』も挙げられます。)

そんな神谷さんが50代(1970年代)の頃発表した訳書の中に、哲学者ミシェル・フーコー(1926~1984)の『臨床医学の誕生』(1969)、『精神疾患と心理学』(1970)があります。フーコーが1970年9月に来日し、日仏会館(現 関西日仏学館)で講演会を開催した際には、通訳も務めています。

翌1971年10月には、京都大学楽友会館(現 京大会館)で開催された、日本ハンセン病学会の臨床研修会にて、ハンセン病における精神科医療についての講演に講師として招かれています。

このように神谷さんが当館付近に足を運ばれていた頃は、まだ当館は存在しなかったわけですが、時を経て、企画展を実現することができたことに、喜びを感じます。

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